クルーズの旅行会社奮闘記

今までにないレジャー、クルーズを専門とする旅行会社代表のクルーズへの情熱、 クルーズの魅力、ちょっとプライベートを伝えるブログ

クイーンエリザベス2

QE2乗船レポート6 OCT.165

5744a263.jpgスケジュールより40分程度遅れてベラザノブリッジを通過。既にNYの警備艇が並走状態。7日間ともに大西洋を渡ってきたQM2は、進路を右へ、ブルックリンの新しいターミナルへ向かう。
ほどなく左手に、自由の女神。暗闇の中ライトに照らされQE2を迎えてくれた。古い写真で見た光景、40年経ってその船上にいることが不思議に感じる。程なくパイロットが乗船。マンハッタンを東に見てウエストリバーを北上。最後は、タグボートの力を借りてマンハッタン、ピア88へ接岸した。
モーレタニアで最後の朝食を。まだ空は空け切れておらず、マンハッタンのビル郡も肉眼では見て取れない。食べ終えた頃、ようやく陽射しが差し込み、今日の天気は晴れかと思わせる。
予約から実に1年以上、待ちに待った大西洋横断は、ここに完結。
最後にゴールデンライオンパブでお世話になったアテンダントの吉田さんにご挨拶。9時ごろ、ニューアーク空港行きのトランスファーに乗る船客の下船案内が流れQE2を後にした。久しぶりのマンハッタンのピアは、カーニバルグループによるものか、とてもきれいに改装されていた。ちょうどバスの前、地上、船首部分からQE2を見た。パンフレットの写真とまったく同じ、本当に美しい姿。
SOLASの安全に関する条項がより厳しくなり、数年のうちに引退を迫られる船が出てくるだろう。しかしこれほどまでにたくさんの人に愛され、有終の美を飾れる船はそんなにはない。
 後日談であるが、先週QE2は、最終航海の地ドバイに到着。その模様がイギリスBBCで放送されたらしいが、キュナード社長、マックノート船長ともインタビューで笑顔を見せる余裕はなく表情が強張っていたとのこと。複雑な心境に違いない。

QE2最後の大西洋横断にお付き合いくださった皆さん、
ありがとうございました。
また、船旅をご一緒しましょう。

QE2乗船レポート5 OCT.155

a663bb0a.jpgこのQE2大西洋横断のブログは、業界の方も多数読んでいただいてるようで、大変驚いてます。楽しんでいただければ幸いです。

10月15日
QE2は、カナダのハリファックス沖を通過、ニューヨークへはQE2の快速を持ってすれば余裕の距離。海は驚くほど静か、べたなぎの海と空はモノトーン。そのシルバーの海をQE2はすべるように航行してゆく。連日の高速航行が続いたが、この日はある意味”クルージング”状態だ。
今日は買い忘れがないかブックショップへと行く。また数冊の本を買い求める。ランチはリドで。この日の日本食はとんかつ&すしと聞いて注文。久しぶりの日本食、やっぱりうれしいもの。
最終日、悲しくも時間はどんどん過ぎてゆく。陸はまったく見えず、遠くに貨物船らしき船が1隻だけ見える。
4:30PM、タンデム走行最高のサプライズが訪れる。
QE2,QM2は、その距離600ヤードとこの航海中もっとも接近する。こちらからは、QM2のボートデッキに人が鈴なりになっているのが、はっきりと見てとれる。当り前なのだが我々は美しいQE2の航行姿を見ることができない。彼らは本当に幸せである。
お互いが汽笛を鳴らしあい、ニューヨークへの残りの航海の無事を祈る。その度にお互いの船の船客から大きな歓声が上がる。
QM2は、船首から発生する白波がきれいに後方へ流れてゆく。
姉妹船のない船、QM2。今では珍しいが昔はほとんどがオンリーワンだった。ただ、船の容姿はずいぶんと変わった。シアーが効いて船体に丸窓が何階層にも並び、その上にボートが並ぶのがオールドスタイル。最近の船はキャビンを極力上層階に配置し、そのほとんどがバルコニー付。QM2は黒塗りの主船体部分だけでも相当な高さがあり、その部分、つまりボートデッキの下にも3階層にわたりバルコニー付キャビンが配置されている。海洋条件の厳しい大西洋を主要航路としながらも、現代のニーズを取り入れた設計がなされている。ただ、ハウス部分にバルコニーキャビンを積み上げすぎて、煙突とマストが極端に短く均整を損なっている感がある。それでも船首、船尾部分のデザインは、かなり贅沢な造りをしている。
19:30最後のディナーへ。フィリピン人のキャビンスチュワーデスにも最後の挨拶。ディナーの前にクリスタルバーへ立ち寄る。今日はここは大盛況。ピアノの音がかき消されるほどに会話が弾んでいる。
20:30モーレタニアレストラン。我々のテーブルはウェイター、アシスタントウェイター、そしてワインソムリエがサーブする。この日はマイケル氏から我々テーブルメイトへシャンペンのサービス。陽気だけど気配りの人だ。すでにリタイアしているが、現役時代は30人近くの従業員を抱える会社を経営していて、とても多忙だったらしい。「従業員が30人いれば、毎日30個のトラブルがあるものさ」と言っていた。この日、メインディッシュにストリップローインステーキを選んだが、熱した皿をまずテーブルに置き、シルバーのプレートから船客一人ずつに肉と取り合わせの野菜が盛り付けられる。オールドスタイルのサービス。いいじゃないか、オールドスタイルで。終わってみれば、味、サービスともに素晴らしいディナーであった。テーブルの皆さんは、下船後NYに滞在したり、その後ワシントンやチャールストンへ行きドライブを楽しむ人もいる。我々のつたない英語にもつきあってくださり、おかげで楽しく過ごさせていただいた。
今回の大西洋横断、毎晩ディナーのメニューはカラーの立派な特別版が製作されていて、表紙を毎日懐かしい写真が飾っている。1982年フォークランド紛争へ駆り出された時の姿、進水式の貴重な写真、ちょっとなつかしいQE2のロゴ、そして今夜は1972年に初めてNYに入港したときの写真。TIME TO SAY GOODBYEの言葉を添えて。このメモリアルな船旅をキュナードは目一杯のサービスで盛り上げてくれた。
明日のスケジュールが発表された。
4:00AM ベラザノブリッジ通過。QM2が先を行く。
4:20AM QM2はブルックリンターミナルへ向かう。
4:30AM QE2、自由の女神を通過
6:00AM QE2、マンハッタン、ピア88へ入港。

QE2乗船レポート4 OCT.145

af97da27.jpg6:00AM起床。ランドリーに洗濯物を入れて、恒例のパビリオンへ。パビリオンは、後部プールデッキにあるが、朝方はいつもデッキがぬれている。この時間帯、どんどん夜が明けてゆく。
QE2のクロワッサンが気に入っている。ほのかに甘い。
4日目ともなると、この場所に常連組ができつつある。妻は、ここ数日の揺れでかなりダウンしているが、なんとかのそのそと起きてきた。たしかに、全体の80%以上は体に揺れを感じている状態だ。
7:00AM、またしてもサプライズ。ちょうどボートデッキを散歩していたとき、我々のQE2が減速しているのを感じる。すると左舷側のQM2が加速し始め、QE2のかなり近い位置、前方を横切ってゆく。この凄い光景を船首部分でしっかりと見た。言葉では全然伝えられない興奮、その光景を目の当たりにした人は、みな驚いていた。QM2は、右舷前方に着くと減速、車のノックダウンのような状態なのか、QM2が一時激しく縦揺れを起こす。この我々へのパフォーマンスのおかげで、QM2の船客は全員起きてしまったのではないだろうか?
毎朝、7時に何かが起きる。明日に期待。
ランドリーに行き、洗濯機から乾燥機へ入れなおす。選択をしている人はほとんどが男性。英国では選択は男の役目?
本を読んだり談笑したり、生活感のある場所。その隣がとてもわかりにくい花屋さんになっている。
朝食はモーレタニア。今日もQM2を見ながら。昨日より並走距離が近い気がする。アテンダントの吉田さんによると1マイル程度とのこと。モーレタニアを後にしてリドへ行き、お味噌汁だけいただく。味がやや薄い、それでもこの味にほっとする。食後はデッキを散歩、これがかなりの距離となりいい運動になる。ライブラリへ毎日通う。今日はヨーロッパのフェリーという本にはまってしまった。これがフェリーか?というほど内装がすばらしい。
ヨーロッパ・フェリーの旅、おもしろいかも。
向かいのショップで本を数冊買い求める。SSノルウェーの写真集とベルリッツのクルーズガイド2009。すると、レジの女性が、著者ダグラスワード氏が乗船していて午後に講演があるとのこと。少し顔を出してみよう。
お昼のランチ、モーレタニアでスパゲッティとビール。スパゲッティは麺がすでにゆでてあるものを暖めなおした感じで、全然アルデンテではない。まぁしょうがないか。
4:00PM、チャートルームでダグラスワードさんを囲んでの船好きのミーティングに参加。そこには1969年の処女航海に乗られたおじいさん、70年代に乗船経験がある方数名、その他参加者もほとんどがイギリス人で、船に関する知識の高さに驚く。質問コーナーでのダグラス氏とのやりとりはとても参考になり、新たな知識も得た。一言で言うなら、ライナーとしてのQE2に魅力を感じており、キュナードが米国カーニバルの傘下だろうが、QE2は英国の船であるとの意識がとても強い。
ミーティング終わりに、ダグラス氏と名刺交換、著書へ丁寧なサインもいただいた。皆の前では聞けなかった質問を投げてみたところ、非常に明快に答えていただいた。
今夜はモーレタニアレストランの船客のキャプテン主催のパーティーがクイーンズルームで行われた、
一組ずつ、女性がキャプテンに船客の名前を伝えると、キャプテンと握手し写真に納まる。40代かと思しき若いキャプテン。誰かに似ているなぁと思っていたら、クリントイーストウッドのトゥルークライムという映画に出てくる、ちょっと2枚目のいやなやつに似ていた。
クイーンズルームでは、アテンダントの吉田さんと談笑。もう18年QE2に携わっているとのこと。
下世話な話、私はキャプテン主催のパーティーが好きだ。なぜならタダ酒が飲めるからだ。。。
パーティーからディナーへ。メインディッシュのシャトーブリアンは、旨みが凝縮している。ソムリエに選んでもらったボルドーの赤とレアに焼いてもらったシャトーブリアンの血の味が妙にマッチしている気がする。ワインも肉もわからない私だが、美味しいことは確かだ。
毎晩、ディナーのテーブルでは、日英の文化の違いについて幼稚な質問をすることが恒例となってきた。今日の質問は「日本では家では靴を脱ぐが英国では脱がないのか?」。大半の答えは、ぜったい脱がない。ごく一部の人だけが脱ぐとのこと。この日も、イギリス人マイケル氏のは舌好調。時に真面目な顔で、「QE2のなき後、君はお客さんにどの船を奨めるんだ?」との質問。
おかげで充実した時間を過ごさせていただいてる。

QE2乗船レポート2 OCT.115

d08366b2.jpgDATES WITH ROYALTY
5:30AM起床。1日が25時間なのでいつものサイクルで寝て起きると自然と1時間早く起きることになるのです。まずは日課の仕事メールチェックのため、コンピューターセンターへ。6時になるとその後も毎日通うことになった「パビリオン」へ行き、軽い朝食をいただきます。そして恒例のQM2チェック。ちゃんと並走しております。そして毎朝7時になるとQM2が動き出すのです。写真がそのパビリオンという場所なのですが、後方のプールデッキにある小さなスペース。クロワッサン、チーズ、ハム、フルーツの軽食がいただけます。この小さなスペースがとても居心地がよく気に入ってしまいました。8時になると、メインダイニングでまた朝食。ストロベリーパンケーキを注文する。9:30からは、日本人アテンダントの吉田あやこさんの船内説明ツアーに参加。貴重なお話が聞けた。過去乗船した著名人の写真が誇らしげ。この頃から妻の調子が悪くなる。
ピッチングが治まらない。この縦揺れというものはどうしようもない。最新鋭クルーズ船でも同様。大洋の真ん中に出てきてしまったわけだからQE2は逃げ場所がない。それでも船足が速いからまだましなほうだと思う。去年のボイジャーオブザシーズは一時ひどかった。波にもてあそばれていた。全然前に進んでいない感じがした。
外は肌寒く曇り空が広がっているが、船内は暖かく、キャビンのお湯の出も好調、いたって快適。夕方タラソテラピーへ。温かいお湯、私にはお風呂代わりだ。お湯がしょっぱい。そういうエステ効果を狙っているのか、海水なだけなのかは不明。15ドル
サウナでカナダの男性と談笑。サウナでは男同士は90%の確立で
他人でも話をする。これホント。夜はブラックアンドホワイトのフォーマル。今日から毎日フォーマルが続く。少々苦痛。
ディナーのテーブルメイト、今日もマイケル氏のギャグが冴え渡る。今日は前菜にキャビア&サーモン、アスパラガスのスープ、平目のソテーをいただく。最近、クルーズ船ではチップの手渡しは少なくなった。QE2もしかり。そのせいかサービスもどこかドライに感じることが多くなった。よりよい思い出を残せるのなら、チップ手渡しを復活してもいいとさえ思う。時代が変わってしまった。
QE2が船内でもっとも輝きを見せる時間・場所。それはディナーの後、チャートルームあたりではないだろうか。実に落ち着く。
たしか最後の改装は巨費を投じられている記憶がある。船は古くなると「この部分は無理だなぁ」と修繕をあきらめてしまう箇所が所々に出てくるのだが、それが見当たらない。妥協なく保たれているのは立派。ちなみにNCLノルウェーは私の乗船した99年当時、今のQE2と同じような船齢であったが、当時のキュナードとNCLの差か、あきらめ=妥協していた箇所が見られた。キャビンの通路の天井はスプリンクラーの配管がむき出しだった。QE2のオリジナルはどうだったのだろう?

いざ、QE2へ

5c1037fa.JPG今度の船旅こそ、余裕を持ってちゃんと荷造りをしようと思っていた。サウザンプトンからの乗船まであと6日、日本出発まであと5日。しかし結局いつものように何もできていない。今一番困るのは春夏の服か、秋冬の服か。ニューヨークはすでにかなり寒くコートも着ている人がいるという。でも今日の横浜は日中25度もあった。シャツは奥さんにいつもより丁寧にアイロンをあててもらってOK。カメラ、パソコンOK。毎日ジャグジーに入るため水着OK。成田−NY-LONDONの20時間強のフライト暇つぶしの本がいるなぁ。あ、NYのホテルとレンタカー、まだ予約してなかった。NYに着いたら、QE2とQM2の歴史的な出港をカメラに収める。これは私にとって大切なミッションである。
QE2。日本への初寄港から見続けてきた。世界最大客船の象徴だった。時が流れて、マイアミでQE2よりもはるかに大きいカーニバルと並んで停泊している光景にショックを受けた。バルセロナではMSCリリカの船上から優雅に出港するQE2を見守った。神戸のポートピアホテルで少し朝早く目覚めて外を見たら、朝陽を浴びて大阪へ入港するQE2を見た。いつまでも走り続けてくれるもんだと決め付けていた。現実問題、国際航海法(SOLAS)の規制が厳しくなり、QE2をそれに適合させるにはとてつもない費用がかかるらしい。どうやら10/16がQE2にとって最後のNYとなることはここまでくれば間違いなさそうだ。10/16は、QM2はブルックリンの新ターミナルに着く。QE2は、ベラザノブリッジを通過、自由の女神の前をとおり、マンハッタンの慣れ親しんだターミナルを使う。
お膳立ては揃った。本当にQE2終焉の時が近づきつつある。
*写真は2007年横浜にて

QE2、驚愕のドレスコード指定5

244f8db4.jpg10月10日をひたすら楽しみに待っている毎日。QE2、サウザンプトンからニューヨーク行きの”最終便”に乗船する日。今日、クルーズバケーションから乗船前の資料が届く。その中にドレスコードのページがあり、6泊の航海中、フォーマル4回、セミフォーマル2回、カジュアルなし、とのくだりにびっくり。いつもは1週間の船旅なら、フォーマルは2回。荷物をなるべく小さくするため、1着のスーツ、2本のネクタイでなんとかやりくりしてきたが、さて困ったものだ。。。。要は毎日フォーマルということか。またしてもキュナードの洗礼。2年前の悪夢を思い出す。

QE2への道2

ab3d95b4.jpg10月10日サウザンプトン発のQE2への乗船を決断しました。もう10年近くこの船に敬意を表し販売に携わってきましたが、自身の乗船はなかなかかなわず、もたもたしているうちに引退の報道。やはり乗らずにはいられません。
私は40歳ですが、そのうちの30年ぐらいは、世界最大の客船の称号は、QE2とフランス(後のNCLノルウェー)が競っていた時代でした。だから私にとっても永遠のNO1,NO2はQE2とノルウェー(どっちがNO.1でもNO.2でもかまわない)なのです。ノルウェーは2000年の東カリブ海クルーズで夢を果たしました。一昨年引退しましたが、乗ったことで納得できる部分があります。QE2、乗らずに引退してしまっては一生の後悔となることでしょう。40歳のQE2。キャビンの快適さなど、現代の船に勝てるはずがありません。しかし幾度かの大掛かりな階層を経て、今なおパブリックスペースなどはしっかりとメンテナンスがなされています。工法にも目をみはるものがあります。このような船が二度と出現するはずもありません。数年前、横浜で訪れたとき、キャビンのドアの下のほうには無数の傷がありました。スーツケースが40年間ガチガチと当たって出来た傷でしょうか。迷路のようなわかりにくい船内。その時代の船の”匂い”がします。それでもよく輝きを保っているなぁと感心しました。(ノルウェーはキャビンの通路、スプリンクラーの配管がむき出しでした)
自分の贔屓のスターやミュージシャンが確実に年を取ってゆくように船も年を取り、引退してゆきます。そのときQE2のように大騒ぎしてくれる船がこの先どれだけ現れるでしょうか?
名船である絶対の条件、それは”オンリーワン”であることだと思っています。その時点で現代の船の大半が脱落してしまいます。そして2つめの条件、”外観が美しいこと”。これも現代ではかなりハードルの高い条件ではないでしょうか?

クイーンエリザベス、世紀を超えて5

アメリカから驚きのニュースが飛び込んできた。
キュナードライン、新造船を正式に発注。
その名は、”クイーンエリザベス”。
2010年就航。
世紀を超えてこの船名が受け継がれた。

来年のQE2引退を受けて、ある程度の予測はしていた。
しかし名前が意外だった。QE2の次だからQE3かな?と。
ずばり QUEEN ELIZABETH ときた。

クイーンエリザベスの仕様は、92000トン、定員2092名、建造はイタリアのフィンカンティエリ造船所。建造費は7億ドル。

一瞬、もしかしてクイーンビクトリアの姉妹船?と心配した。
しかし、クイーンビクトリアは90000トン、2000名。
ということは、新設計。
この名前を復活させるならオンリーワンであってほしかったからだ。
どうやら大丈夫そう。

QM2が150000トンで8億ドルだから、それと比べると大きさのわりに
建造費が高い。どんなすごい船を造るのか!!

あの、人気の横浜−香港6泊7日は復活するのか?
ダイニングは分かれるのか?
煙突の形は継承するのか?
もう、興味は尽きない。

とにかく、ビッグネームが2010年に復活する。
QE2の第2の母港は横浜だ!、と勝手に解釈している。
横浜ベイブリッジの下を通過して、大桟橋に接岸する日を待っている!!

千の風に乗って

b7dd4223.JPG弊社のお客様で、今年3月、QE2で横浜からシンガポールまで行かれたご夫婦がいらっしゃいました。ご主人は、80歳で肺がんをわずらっており、ご予約の時点からもしかしたら、急遽行けなくなることもあるため、クルーズ保険にも加入をされた。
3月6日、無事ご夫婦を乗せてQE2は横浜を出港。大阪、上海、香港、ベトナム、バンコクを経てシンガポールまでQE2の船旅を楽しまれた。ご帰国後、ご主人の体調が悪化し入院、そして5月。。。
昨日、銀座で彼を偲ぶ会が開かれ、旧制高校の同級生など多数集まる中、奥様の依頼で私も参加させていただいた。私は奥様に「何をしゃべればいいですか?」とたずねると「QE2での船旅について語ってほしい」とのこと。その意味が最初は理解できなかった。しかし会が始まるとその理由がわかってきた。彼を惜しむ旧友のスピーチ、何人かのスピーチにクイーンエリザベス2の言葉が。つまり彼はQE2に乗ることを楽しそうに旧友に語っていたのだ。そして病床で、QE2での写真を看護婦さんたちに見せてあげていた。80年の人生の最後の1年で乗船したQE2の旅が、彼の人生に大きな花を開かせたのだ。会場のひな壇には、思い出の写真が並べられていたのだが、その中にQE2のキャプテンとの記念撮影の写真があった。白い蝶ネクタイの彼、その傍らにやさしく寄り添う奥様。彼らの2倍はあろうかという身長の大柄なキャプテン。キュナードの写真フレームに飾られたその一枚の写真はとてもすばらしいものだった。スピーチが私に回ってきたとき、彼の大航海に携われたことを誇りに思い、いつか彼の航跡を皆さんも辿っていただきたいとお話をさせていただいた。
そこでこの記事のタイトル。 彼はお墓の中にはいないでしょう。 きっと今もQE2で航海中でしょう。

QE2本5

d9e04501.JPG久しぶりに大阪の実家に帰省したところ、親父の本棚に「QE2、豪華客船の素顔の乗客たち」という本を見つけ、立ち読みしていたらはまってしまって、そのまま拝借してきた。これは、QE2のドクターを務めたナイジェルロバーツ氏著で、QE2のワールドクルーズ、大西洋横断でのエピソードが紹介されている。英国人だが、QE2は世界中からのゲストが乗船してくる。あるとき日本人の老人男性が医務室を尋ねてきたのだが、この男性の英語力は、ハロー、イエス、ノーだけ。そして英国人ドクターの知っている日本語は、ボンサイ、スシ。。。。そんな困難な状況でも身振り手ぶりを交えて、患者のどこが痛いのかをつきとめてゆく。患者の男性が、海外旅行者用のハンドブックを取り出し、CHEST(胸)、PAIN(痛み)と指を指す。こんな悪戦苦闘のはてに、胃炎であることが判明。適切な処置をしてあげると、翌日この男性は、再び診察室を訪れ、例のハンドブックを取り出し、FEELING GREAT(気分は爽快)を指差した。他にもQE2の医療設備は特に優れていて、あらゆる治療に対応できることが紹介されている。船酔いには、効果覿面の薬、注射などが用意されている。
これなら、大西洋横断も大丈夫ですね。

(写真は、QE2ライブラリ)
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