クルーズの旅行会社奮闘記

今までにないレジャー、クルーズを専門とする旅行会社代表のクルーズへの情熱、 クルーズの魅力、ちょっとプライベートを伝えるブログ

ロッテルダム

グレートシップの系譜5

1b8624cb.jpg実は、ロッテルダム・アラスカクルーズについては、「ブログを読んだよ。」というメールをかなりいただいております。しかもクルーズファンというより、船ファンの方から。あらためて、レポート「個人主義」で振り返ろうと思っています。
写真はロッテルダムのとある階段、かなりの数、世界の港のプレートが飾られていました。圧倒されるほどの数です。これがワールドクルーズを行うグレートシップの象徴と言わんばかりに。ロッテルダムは、外観が類似した船が8隻近くありますが、この船だけがワールドクルーズ仕様のハイパワーエンジンを搭載するなど、静かにフラッグシップをアピールしているかのように感じます。よく同じ車でも排気量などでいくつかのグレードがあったりしますよね。その最上位モデルみたいなものでしょうか。
先日、ホーランドアメリカライン2011年のスケジュールが送られてきました。ロッテルダムは、北欧・パナマ・南太平洋など、14〜30泊のロングクルーズ、つまり従来のロッテルダムのスケジュールに完全に戻っていました。やはり今年のアラスカクルーズ、”たった7泊”への配船は何かの間違いだったのか、いや私のように長い休みが取れないファンへの贈り物だったのかも知れません。
先代のロッテルダムは、長きに渡り世界の海を渡り、名実共のグレートシップでした。世界中にたくさんのファンがいてたくさんの写真集なども出版されています。今の6代目ロッテルダムは、1997年建造だから、まだたかだか13年。しかし確実にグレートシップへの道を歩んでいる感じがします。

ロッテルダムの不思議、ラナイステートルーム

f1b32011.jpgロッテルダムは、1997年建造だからまだまだ新しい方なのだが、それでもこの会社は近年全船のグレードアップのため、巨費を投じて改装を順次行っている。そしてこの船に不思議なキャビンが登場した。それが写真の部屋、ラナイステートルームと名付けられている。デッキ3のプロムナードデッキに出入りできる「準ベランダ付キャビン」。そしてその部屋の前のデッキチェアはラナイステート専用なので、普通にプロムナードデッキを散歩している人は座ることが出来ないのだ。それにしてもプロムナードデッキはたくさんの人が行き来するパブリックスペースなので、この部屋はセキュリティは大丈夫なのか、と思ってしまう。 90年代後半の船は、ちょっとベランダ付キャビンが少ないということもあって、それを補う苦肉の策とも言えよう。
しかし、各港での下船口はだいたい下の方のデッキにあるので、便利なキャビンといえるかもしれない。

ロッテルダム、もう少しがんばって欲しい!5

a24424f6.jpgこの週末は、雑誌向けの掲載記事の締切など、仕事山積み状態なのですが、時折、先週のロッテルダム・アラスカクルーズを振り返っています。
私の中では、QE2にも匹敵するビッグネーム「ロッテルダム」に乗船、最大の賛辞を美しい言葉を並べて書きたかったところですが、セールスをする人間にとってはいい部分はもちろんのこと、悪い部分も直視しなければならないと思っています。
例えば、デッキ7後方のキャビン、少し速度を上げるだけで妙なバイブレーションが発生します。先述のとおり、ハイパワーエンジンを搭載していることが起因しているのかわかりませんが。まぁ、それはハードのことだからどうしようもないことなのですが、ソフト面については特にダイニングについては過去のホーランドアメリカラインのクルーズに比べて劣る点がありました。今回のクルーズ、ディナーをオープンシーティングで予約、つまり好きな時間にダイニングへ行く、というシステムですが、まったく上手く機能していない。初日は1時間待ち。2日目以降は、ダイニングマネージャーとかなり厳しい交渉をしてようやくテーブルを確保する有様。今後当社のお客様にはHALのオープンシステムはお奨めしません。そして、今回は10名のテーブルで食事をしたのですが、ウェイターが1人目のオーダーを取ると「全員それでいいか?」とあきれる言葉。手抜きにも程がある。HALもどんどん新造船を就航させ、会社自体が巨大化している。私は、HALのファンだからこそ、クルーのレベル低下をとても危惧している。
船内サービスは、時代に合わせた改良が随所に見られた。夕方のホットオードブルは廃止、ウェルカムパーティでのキャプテンとの記念撮影&握手も廃止。そんなオールドスタイルを今の船客は求めていないのかもしれない。午後のアフタヌーンティは毎日行われ、ちょっとしたくつろぎとおしゃべりの時間を与えてくれる。
クルーズディレクターが、めちゃくちゃ面白い人で、単なる下船の説明会さえも歌って踊ってエンターティメントにしてしまう。例えば、船客からのクレイジーな質問ベスト10のコーナー。(たぶんヤラセだと思うが)
「シュノーケリングはどこの寄港地で行えるか?」(ここはアラスカである)
「ミッドナイトビュッフェは24時間やっているのか」
「フォトギャラリーで自分の写真が見つからない」
「アイスカービングの氷は、そのあとどうなる?」
極めつけは、
「この船は、過去沈んだことがあるのか?」
このブラックジョークにシアターは爆笑の渦。その後船内の各部門のクルーが壇上に紹介され、大合唱でもって船客へ感謝の意を伝える。この瞬間、船客の心をぐっと惹きつける。
HALは、確実に変わりつつある。改革を進めている。よりスマートに、よりアクティブな会社へ変わろうとしている。しかし、私としてはHALは、カーニバルグループの”クラシックな船旅担当”ではなかったのかとの疑念もある。爆笑の渦はカーニバルやコスタに任せておけばいいのでは、と。

HALロッテルダム、アラスカへ

7db1b96a.jpg5/29、デルダ航空296便でシアトルに到着した我々一行は、飛行時間は10時間と北米では短いものの時差16時間にうまく体を調整できないまま、港へのバスに乗車、同日でロッテルダムへ乗り込みました。
ホーランドアメリカライン、ロッテルダム。言わずもがなの同社フラッグシップ、140年の歴史の中で既に6代目。
ロッテルダムといえば、5代目が世界に名をはせた名船で熱狂的なファンが世界中に存在する。2日目のウェルカムパーティ、キャプテンの言葉にロッテルダムの船長であることの誇りがにじみ出ていた。「ロッテルダムは、就航以来ワールドクルーズ、南米周遊、南極、南太平洋など何十泊というロングクルーズばかりに
就航してきました。そのため、110泊のワールドクルーズにおいてもけして各国の港への入港は遅れることは許されないため、悪天候等による航行中の遅延も取り戻せるよう、同社フリートと比べてもこのロッテルダムは高出力の大きなエンジンを搭載しています。ロッテルダムは今年、初のアラスカクルーズに就航、”わずか7泊”にしてこの船に乗船された皆様はとてもプレシャスな経験をされていると言えるでしょう。。。。。」
では、船内ライフの実像は? 乗ってみると残念ながらフラッグシップという感動はQE2ほど感じない。それはなぜか? 姉妹船が存在する、つまりオンリーワンでないからだと思う。そして類似したクラスの船が計8隻近くも存在する。もう船は名前で乗る時代ではないのかも知れない。
乗船初日のビュッフェ、超混雑、1400人はたいした数である。ビュッフェスタッフは忙殺され、船客は座る椅子がなく優雅な船旅の始まりとは程遠い。ビュッフェラインで経ちながら巻き寿司をほおばる日本人、我々のマナーにも気をつけなければならない。メインダイニング、今回は時間指定ではなくオープンシステムにて予約済み。
このシステムは、HALとしては最近始めたが、まったくうまく機能していない。5:30−9:00PMの間なら好きな時間に食べられる、というものだが、それならばと好きな時間8:00PMに行ってみた。結果、人は溢れていて1時間待ち。
要は1400人の大型船でシルバーシーの真似をしても駄目ということ。船社が決めたこのシステムにスタッフは汗だくで対応している。
しかし、2日目、3日目と過ぎてゆくと船内は冷静さを取り戻し、徐々に落ち着いた空気が流れ出すから不思議。朝のビュッフェも好みの時間が分散しはじめ、次第にゆったりと食べられるようになる。夕暮れになればオーシャンバーからはジャズの
生演奏が流れてくる。2回目のメインダイニングのディナーは10名用のテーブルが完璧にセッティングされていた。昨年、86000トンのユーロダムに乗船したが、それに比べると約6万トンのロッテルダムには”こじんまり感”が残っていて、船客同士やクルーとの会話が存在する。この先、徐々にいい船旅になることに期待したい。

ビッグネーム アラスカへ

327b36fd.jpegホーランドアメリカラインが2010年のアラスカクルーズへの配船を発表した。ついにあのビッグネームがアラスカにやってくる。
「ロッテルダム VI」
ロッテルダムという船名は、QE2と互角といっていいほどのネームバリュー。当然ホーランドアメリカラインのフラッグシップ。よって平均2週間ぐらいのロングクルーズ、しかも乗船するには難易度の高いエリアのコースに配船される。これらの条件から、いつかは、、、の思いがありながらも、そう簡単には乗船には至らなかった。
2010年、ロッテルダムは初のアラスカクルーズに就航。毎週土曜日シアトル発着の7泊8日。こんな日が来るとは信じられない思い。この発表によって私の今年のアラスカクルーズは温存が決まった。
初代ロッテルダムは、1872年のこと。私の人生とクロスしたのは5代目ロッテルダム。当時の客船としては2層吹き抜けのダイニングはかなり驚いた。ホーランドアメリカは金色が好き。このダイニングの天井の装飾もまばゆいばかりの金ピカだった。
現在の6代目もアトリウムの螺旋階段が金ピカを受け継いでいる。
「ロッテルダム」「インドネシアンクルー」「金ピカ」
あのなつかしいホーランドアメリカに来年は出会えそうだ。
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