クルーズの旅行会社奮闘記

今までにないレジャー、クルーズを専門とする旅行会社代表のクルーズへの情熱、 クルーズの魅力、ちょっとプライベートを伝えるブログ

タイタニック

永遠の安全を願う



来週の日曜日、歴史的なクルーズがスタートする。
タイタニックメモリアルクルーズ。
あの日から100年目。
超プレミアなチケットを得て、日本からも参加される方がいらっしゃる。
http://www.mercury-travel.com/titanic/schedule.html
サガルビーでのこと、天津での出港が遅れた。霧。港が一時閉鎖になった。しかし、サガルビーは先を急がねばならない理由があった。それは上海。河口から港へのルートが近年混雑が激しく、大型船は国際客船ターミナルを回避して宝山へ入る。サガルビーは予定通り国際客船ターミナルを目指すため、河口付近で所定の時間にパイロットと合流しなければならない。天津2日目の午前は、ずっともやがかかった状態でかなり視界が悪かった。上海の河口での約束の時間、船の速度、上海への距離から鑑みてデッドラインが近づいてくる。
午後2時過ぎだったろうか、事が動き出した。ホテルディレクターがあわただしく駆け寄ってきて、「港再開、船を出す!」と。巨大なタグボート2隻がサガルビーを引っ張り出す。この日、船内を歩いていて、私はやや異変に気づいた。何がしかの振動がいつもより大きい。「今日は飛ばしてるなぁ。」と感じた。
深夜、船内新聞の翻訳をしている頃、サガルビーはずっと霧笛を鳴らしていた。霧が濃いのだろう。今この瞬間も誰かがウォッチしている、という安心感を感じる。
平良で、白ひげのおじさんがニコニコしながら奥さんとシャトルバスで出かけていった。それがキャプテンだった。何事もなかったかのようにニコニコとして。
今年、残念ながら、あのコスタの事故があった。くしくもタイタニックのあの日から100年目。一方、今年船乗りになって50年の節目を迎える一人のキャプテンがいる。
ともかく、永遠の安全を願いたい。
逸話をひとつ。サガルビーは本当は平良ではなく石垣に入る予定だった。
しかし、サガルビーのドラフトは8.2メートル。石垣に入るには深すぎた。
そこで平良へ変更、そのためイミグレーション、税関係官もすべて石垣から
宮古島へ派遣されることになった。
ちなみにサファイアプリンセスのドラフトは8.1メートル。 つまり約2万5千トンの
サガルビーは、10万トンクラスの深さを持った船なのだ。
これが本物のオーシャンライナーの証しである。

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霧の天津にて

タイタニックの夢

4e20af40.jpg2012年、タイタニックのあの悲劇から100年になります。
そして、英国のフレッドオールセン社のクルーズ船によって、タイタニックと同じスケジュールで同じコースを辿るメモリアルクルーズが行われ、その販売を手がけることとなりました。
http://www.mercury-travel.com/titanic/
手がけるにあたり、このクルーズをどういうふうに打ち出そうか、と色々と悩みました。一言で言うなら、悲劇と夢の部分をどのぐらいの割合で表現するか?
もちろん、現代のクルーズ船にはあのような悲劇は起こるはずもなく、しかし史実は史実であり。
そこで、ウェブサイトにも掲載しているが、専門家の方にコメントをいただくことにしました。山田氏のコメントから、タイタニックの悲劇がSOLASという厳格な安全条約の発端となり現代のクルーズ船の安全につながっていて、その厳しさは航空機の比ではないことを知りました。西村氏のコメントから、キュナードを強く意識した背景などに「なるほど、そうだったのか」と深くうなずき、海事プレス社の植村氏のコメントには、「実際のクルーズ船を使って”あの日”を再現するなんぞ、ある意味掟破りである」とのショッキングなコメントもいただきました。しかしまさにその通りだと思いました。
このクルーズに参加するとしたら、
サウザンプトンから出港し、タイタニックが消息を絶ったあの場所で記念のセレモニーを行い、そしてタイタニックが辿りつくはずだったニューヨークのマンハッタンが見えてきたとき、はたして自分はどんな思いを抱くのか、と考えた時、「これはすごい出来事になるかもしれない」との思いに駆られました。

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タイタニックメモリアルクルーズの主役、「バルモラル」
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